管理人の手術説明書です。管理人は脊髄髄内腫瘍の頸髄の5番目(C5)の上衣腫です。
この手術説明書は大阪市立大学医学部附属病院の脳神経外科が作成したものです。 この病院で手術を受けました。
患者名 ○○ ○○さん 病名 頚髄腫瘍、上衣腫疑い
頸髄の脊髄の中に腫瘍が見つかりました。 脊髄の中に発生する腫瘍には、上衣腫と神経膠腫があります。上衣腫は手術で全摘出が可能な腫瘍です。
一方、神経膠腫は手術では全摘出が困難です。○○さんの腫瘍は、上衣腫がもっとも疑われます。
①脊髄の中心管(脳脊髄液が通ります)にある上衣細胞を基に発生する腫瘍です。 脊髄に発生する場合そのほとんどは良性です。腫瘍の中に出血することがよく知られており、一旦出現した左上下肢のしびれが改善している症状の変化は、出血により説明できます。
②脊髄の中で大きくなるため、脊髄はドーナツの様に外に押しやられて薄くなります。
③放置すると腫瘍は増大し神経症状が進行します。
④原則として、出来るだけ早く腫瘍を切除することで症状の進行を食い止めます。 手術により症状が改善することは期待できません。従って、早期発見、早期手術が原則です。
⑤脊髄の症状はさまざまです。運動障害と感覚障害、歩行障害、排尿排便障害が主です。
⑥本疾患では、未治療の場合には、最終的には四肢麻痺の状態になります。
現在、軽度の感覚障害が上肢に見られます。 手術の危険性と疾患の特徴、現在の症状を総合的に検討して治療方針を立てます。
治療方針を立てるに当たっての問題点は、疾患の重篤さに比べ症状があまりにも軽いことです。
しかし、絶対に上衣腫であるとは、いいきれません。やはり、手術による病理学的診断を行う必要があります。
神経膠腫であった場合には、さらに別の治療計画を追加する必要もあり、改めてお話しすることになります。
以下、上衣腫として、説明します。
①手術による腫瘍切除が唯一の方法です。良性腫瘍ですから全摘出を目的に手術します。
②放射線治療を行う人たちもいますが、その経過は思わしくありません。
③最終的に治療方針を決定するのは患者さんとその家族です。
①腫瘍は縦方向には小さく、症状は軽度です。
②しかし、軸方向には大きく、ドーナッツ状に引き伸ばされた脊髄は薄くなっています。 また場所は頸髄という危険な部位にあります。症状の進行は、出血による急激な悪化がなければ、極めて緩徐です
③放置した場合、このままか、少し悪化した状態で経過する可能性は皆無ではありません。 現に、そういう患者さんを外来で経過観察しています。
④症状に関しては、手術では間違いなく悪化します。その悪化をどこまでにとどめることができるかが術者側の問題であり、その症状をいかに受け入れるかが患者さん側の問題です。
①保存的治療(経過を見る)では、症状は徐々に進行するでしょう。そのスピードは、おそらく緩徐だと思われます。脊髄は弱いため、一旦進行した症状は、基本的には二度と回復しません。最悪の場合、四肢麻痺、呼吸障害、排尿排便障害が永続します。
②出血による症状の増悪は、時に急激です。短時間で、四肢麻痺丹なることがあります。
③放射線治療は、脊髄は放射線に極めて弱い組織であり、放射線障害による症状が腫瘍の症状に加わります。
①全身麻酔をかけ、右下のうつぶせの状態の体位をとります。 semiprone park bench positionと言います。後頚部に正中皮膚切開を加えます。 頸椎の椎弓(脊髄を後方から囲む骨)を外します。
②露出した硬膜を縦に切開します。
③さらに脊髄の背側面を正中で切開し、軟膜(脊髄表面にある膜です)に10-0ナイロン糸(外科用縫合糸ではもっとも細い糸の一つです)をかけて、これを側方に牽引しながら脊髄を左右に広げて腫瘍を露出します。 簡単にいいますと、脊髄を正中で左右に2つに分割します。
④内部の腫瘍を丁寧に切除します。
⑤上記を例えますと、背開きでウナギの腸をとる要領です。
⑥腫瘍切除が終わると、切開した脊髄断端の軟膜を10-0ナイロン糸で縫い合わせます。次いで硬膜も縫い合わせます。この際、術後に脊髄の硬膜への癒着を防ぐために、ゴアテックスという人工線維でできたシートで硬膜にパッチを行います。
⑦切除した椎弓をチタンのプレートで元に戻します。
⑧切開した筋肉からの出血を排除するための排液管を皮膚から挿入し、皮膚を閉じます。
①脊髄は極めて弱い神経組織です。症状の軽い患者さんほど、治療成績は良い傾向にあります。 現在の症状は手術により一旦悪化すると思われます。手術の3~6ヶ月ぐらいの間で、症状は徐々に回復します。術前と同じ状態にまで回復すれば大成功です。しかし、増悪した状態で症状が固定するかもしれません。
②手術で間違いなく期待されることは、予期できない症状の悪化を防ぐことです。
③手術で症状が悪化したり、他の合併症が生じることがあります。
④手術で悪化する可能性が高い症状は深部知覚の障害です。深部知覚は関節の運動などに欠くことができません。四肢の異常感覚、痛み、歩行障害、手の巧緻運動の障害、排尿排便障害として感じます。
⑤腫瘍の切除により脊髄の損傷が強いと思われる部位では、腫瘍を意図的に残すことがあります。 そのときは術後は経過を観察し、状況に応じて対応します。
100%の率で、術直後は症状はいったん悪化します。それがどこまで回復するかがポイントです。
当科での手術死亡率は、2年に1件(約400件に1件)程度です。
しかし、脊髄の手術における直接の死亡例ではありません。
①脊髄を正中で左右に分割し、これに糸をかけて広げます。この操作がもっとも問題になります。すなわち、左右に広げることでもっともストレスを受ける部位は、脊髄の後方正中を走る後索(深部知覚の神経線維が走ります)です。後索の障害により、四肢運動障害、痛み、排尿排便障害が生じます。さらに障害が強いと、筋力の低下、呼吸障害もでます。寝たきり、人工呼吸器、車イス、持続または間歇的導尿、用手排便などの状態になります。
脊髄全体は硬膜という硬い膜に覆われています。脊髄周囲には脳脊髄液が流れています。 切開した硬膜は縫い合わせますが、縫い目から脊髄液が漏れ出ることがあります。
漏れでた髄液は、筋肉の下に溜まったり、皮膚から漏れでてくることもあります。 ゴアテックスを用いて硬膜をパッチすると、髄液が漏れ出る可能性が高くなります。
したがって、慎重に縫い合わせます。 髄液が漏れ出たとき適切な処置が必要になることがあります。 皮膚から漏れ出てきたときには、細菌が入り込むことがありますから、多くは緊急の処置の対象になります。
髄液漏に対する処置には次のようなものがあります。
①腰椎穿刺による脳脊髄液の持続排液:腰から細い管を入れて、約3日間持続的に脳脊髄液を排除します。 頭痛が生じますが、1週間程度で治まります。持続排液のために髄膜炎になることもあるため、この間は予防的に抗生剤を使用します。
②再手術:漏れ出てくる髄液の通路を手術により閉鎖します。
③皮下に脳脊髄液がたまっているだけの場合には、針で液を抜き、圧迫しておくこともあります。
術後に手術した部位に出血を来すことがあります。
出血がひどいときには、脊髄を圧迫して麻痺がでることがあります。
このために、四肢麻痺にある危険性があります。したがって、状況に応じて緊急処置を行います。
①手術した部位に細菌感染を生じることがあります。 この場合、再手術をしてゴアテックスや作り直した椎弓を除去することがあります。 長期にわたって抗生剤を投与することがあります。
②感染症が長引けば、抗生物質が効かない細菌が増殖してくることがあります。 いわゆる、院内感染症といわれる現象で、この細菌は極めて毒性の弱いものです(MRSAと呼ばれます)。 抵抗力の弱い患者さんでは、この菌のために重篤な状態となり、死亡することもあります。
③その他の感染症には、呼吸障害に伴う肺炎、排尿障害に伴う尿路感染症(膀胱炎、腎盂腎炎)、敗血症(血液内で菌が増殖)なども含まれます。 これらの感染症は、さまざまな原因がありますが、患者さんの抵抗力が弱いときには致命的になります。
全身麻酔後は、啖の排泄が不十分になるため肺炎を生じやすくなります。 また、尿から感染も合併しやすくなります。点滴用のカテーテルから炎症が生じて発熱することもあります。
④術後の死亡原因の多くは感染症です。基本的には抗生物質により治療します。抗生剤の使用によりMRSAという特殊な細菌が生じることがあります。この場合には個室に隔離します。
抵抗力の弱い患者さんでは、本来弱い菌であるMRSAにより重篤な感染症を合併することがあり、致命的になることもあります。
背中の筋肉には大きな力が普段からかかります。
縫い合わせた筋肉の糸が切れることがあります。その時は状況に応じて再手術で再度縫い合わせます。
術後、短期間または長期にわたって、後頚部の創部痛が生じることがあります。
その程度はさまざまで、重篤な例では、あらゆる鎮痛剤が無効です。強い場合には、手術を契機として<うつ病>などの精神病が発症したことを疑い、精神科での治療を行う場合もあります。
①右下になってもらいますので、右脇が術後に痛むことがあります。 また、右膝で神経が圧迫されて一時的な麻痺がでることがあります。
②深部静脈血栓症に伴う肺梗塞:下肢の静脈に血栓が生じ、はがれた血栓により肺動脈が閉塞することにより生じる、重篤な合併症です。中年以後の肥満の女性に起こりやすい傾向にあります。安静期間が終わって、歩き出す際に突然に発症します。
予防としては、術中から下肢にストッキングを付け、さらに足底部に間歇的圧迫装置(AV impulseという商品名)を装着します。これだけでは防げない可能性もあります。一旦発症すれば、程度に応じて、ヘパリン投与、血管撮影、シンチグラム、上行大静脈へのフィルターの留置、開胸手術による血栓の除去などが必要になります。
手術中の予期できなかった状況により、予定した手術方法以外の操作を加えることがありえます。
また、いろいろな状況下で、患者さんの安全のために手術を中止することがあります。
その場合には、治療方法を再検討します。 上記の術後合併症が生じた時に緊急な対応が必要な際には、患者さんおよびご家族に状況の説明ができないことがあります。その時は、事後説明になります。
手術は全身麻酔で行います。麻酔は麻酔科が担当します。
心肺機能が低下している患者さん、高齢者の患者さんでは、全身麻酔により心臓、肺臓、肝臓に負担がかかりやすくなります。心不全、肺水腫(肺に水がたまる病気です)、肝機能障害が術後に生じることがあります。
術前・術中・術後に使用する薬剤によるアレルギー反応、肝障害、腎障害を来すことがあります。
ごく稀ですが、周術期の安静によって下肢の血流うっ滞が生じ、肺塞栓という致死的な病態をきたすこともあります。
術前・術中・術後に使用する薬剤によるアレルギー反応、肝障害、腎障害を来すことがあります。重篤な場合には死亡原因になります。
手術の際には輸血は可能な限りいたしません。但し、長時間の手術、出血量が多くなった時には、止むを得ず輸血をします。輸血をすると、肝炎などの感染症、アレルギー反応が生ずる危険性があります。
ここに記載した内容は、病気について一般的に考えられていること、発生頻度の高い合併症についてです。
個々の患者さんの状態によりさらに注意すべき問題点があります。 今回では次の点に特別な注意をはらう必要があります。
①症状の悪化(四肢運動障害、感覚障害、歩行障害、排尿排便障害)
②感染
③創部の開き
④下肢深部静脈血栓症による肺梗塞
説明者
説明日 2002.12.27。説明者 ○○ ○○。
医療従事者同伴者
患者さんおよびその家族同席者